日本において女装というものが、いつ頃から始まったのかは分かっていない。縄文時代、弥生時代では、男女の衣服があまり明確な区別を持たず、何が女装か不明であったと言える。記紀においては倭健命が女装をして熊襲を撃つ場面が記述されている。このことから、日本においても、女装の起源はかなり以前に上ることが推測されている。
女装には霊的な意味合いもある。また、男児が早世することが多い場合、生まれた男児を少女として女装させて育てたり、また男児に害する悪霊から守るために、幼少時に女装をさせる習慣も存在した。代表的には昭和天皇など、古くの天皇家が挙げられる。(ウィキペディアより引用)
このように日本における女装の歴史は古いです。時代を問わず、社会的に女性と男性の役割が明確に分けられている場合、女性と男性の衣装も異なってくるため、女装(もしくは男装)は大きな意味を持ちます。
女装を好むようになるのに何か特別なきっかけはないようです。「オレは男だ!」というような人生を送っていたおじさんが突然女装に目覚めたりします。彼の場合、単に食わず嫌いだったというか、女装をしてみてものすごく楽しいことに気づいただけのようです。そういった点において女装はホモセクシュアルと大きく異なっています。
1993年アメリカで行われた大規模な調査で、男性の6%が女装の経験を持ち、女性の3%が男装の経験を持つことがわかりました。日本の七五三などでは、「女の子のつけてるきらきらしたかぶりものをしたい」と駄々をこねる男の子が必ずいます。動機はわかりませんが、社会的な制約がなければ女装をする男性はもっと増えるのでしょう。いや、社会的な制約がなければ、男女の違いで服装に違いはほとんどなくなるのかもしれません。
あまり知られていないことですが、生物学的には男性より女性のほうが丈夫にできています。男性は短期的な激しい活動を行うのに適しています。男性が狩りに出て、女性が住居を守るという絵が浮かんできます。男性が一人死んでも住居が無事なら問題なく子孫が繁栄していきます。村上龍氏の「すべての男は消耗品である」というエッセイのタイトルが思い出されますが、やはり男が消耗品という図式が歴史上もっとも一般的なように感じます。父権制社会では男性が最高権力者であり、権利だけなら女性より優越しているのですが、実際には家や社会に強く支配されているのは男性であり、女性には負担のかかる仕事はさせず大事に扱うべきというコモンセンスが存在します。
社会的に、男性は強さや行動力を求められます。決断力と勇気がないとダメな男、というレッテルを貼られることでしょう。受動的で繊細さや美しさを重視する性格の男性は、求められる性向と自身の願望を維持しなくてはならず、「男性であることが苦しみを伴う」状態になっていきます。トラさんのように「男はつらいよ」といいながら自由に生きられる周囲のサポートがあればいいですが、たいていはそううまくは行きません。
女装の心理の主なものとしては
社会の状況しだいでよいとされることが変わってきます。
実際、平安時代の貴族は女性的であることを理想としていました。
もし、女装趣味を持っていて苦しんでいる方がいるなら、これはひとつの現実だとこっそり自分に言い聞かせて、肩の力を抜いてほしいですね。
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